【ネタバレ無し】伊坂幸太郎 『AX』感想

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主人公・兜は愛する妻と愛する息子と暮らしている。

職業はプロの殺し屋だ。かなり、名の知れた。

 

この作品の大きな特徴の一つとして、「妻と夫のリアルな関係性」を描いていることが挙げられる。日本の多くの家庭で見られるような、妻が与党、夫が野党という構図だ。しかも、兜の場合、野党としての責任、つまり与党批判が一切果たせていない。

 

先に夫婦のリアルな関係性と述べたが、完全にリアルという訳ではない。普通、恐妻家の夫は結婚する前の妻の姿と現在の姿を比較したり、妻の言動に怒りや不満を覚え、家庭の雰囲気は最悪である場合が多そうだが、兜はそうではない。兜は以上なまでに妻に気を遣い、空気を読み、発言・行動する。そして、そんな兜は幸せそうなのだ。

それには、確たる理由がある。

彼が殺し屋だからだ。

 

兜が殺し屋であることを家族は知らない。彼が命掛けで戦い、お金を稼いでいることなど全く想像していないだろう。だからこそ、妻は夫に対し冷たかったり、全く反論をさせなかったり出来る。これは、現実の一般家庭の姿を、殺し屋という極端な例を使い、描いているように思える。世の中の多くのお父さんは、毎朝、早起きし、スーパーの特売の詰め放題でよく見られるパンパンな袋みたいに無理やり人が詰め込まれた満員電車に乗り、やりたくない仕事をしたり、人間関係に悩まされたり、上司の失敗が自分の失敗になったり、出世のことで頭がいっぱいでいつもビクついて仕事をしたりと「命掛けで」働いているのだ。しかし、そんなこと妻は気にしない。知らないのだ。(知らないフリをしている場合もありそうだが。)だから、夫が帰ってくるとため息をついたり、夫の話に反応しなかったり、夫を「糞じじい」呼ばわりできるのだ。

夫が必死で働いていることを忘れてはいけない。そんなことを語り掛けている様に思える。

 

殺し屋である兜は、常に死と隣り合わせだ。だから、妻と息子と共にいられるだけで幸せなのだ。妻が機嫌が良いと尚幸せ。そのため、兜は常に妻のご機嫌を伺う。それは決して苦痛などではなく、自分が幸せになるための工夫と言っても良いだろう。

家族と一緒にいられるだけで幸せ。そんな当たり前のことを思い出させてくれる。

 

この作品では、幾度か人の死が描かれている。しかし、その描写は決してグロテスクではなく、後味の悪さはあまり感じられない。そしてミステリー小説でありながら「えー!!!そんな展開あるー!?」みたいなドッキリや「くっそ、こいつ絶対許せねー」みたいな感覚に襲われることはないかもしれない。(個人的な感想像だが)この様に、作品中で大きなイベントが無くとも、面白かった!と思えるのは、伊坂幸太郎さんさすがだなーと感じる。伊坂さんの巧妙な伏線回収を期待し、この後どうなるのだろうとワクワクするからだろうか。

 

読み終わった後、きっと温かい気持ちになるではないだろか。

家族って大切だな。